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言の葉ひらひら
日々感じてること、考えてること、ちょっとした出来事を書き綴っています(^^)
楽しむということ。
昨日は行っている心理学セミナーの下期半年の振り返りの日だった。
朝、テレビを見ていたら、荒川静香さんが出てはった。彼女から出てきた一言。

「楽しむとは、本気で取り組むこと」

トレーナーのYさんが言うてはる「苦しいことも、辛いこともひっくるめて、楽しいと感じられることが大切」という言葉とリンクして、いい振り返りの1日にするぞと思えた。いい心の準備ができた。
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嬉しいこと。
嬉しいこと交々。

一日に何度も電話をかけてこられるお客さんがおられるのですが、どうもお互いに声を覚えてしまっているようで、「知っている」感覚が生まれてくるのか、ちょっとした会話がたまに生まれることがあります。
さきほども、年末のご挨拶を受けました(笑)

♪♪♪

自分が今まで、なかなか話し辛いなと思っていた社員さんがいはったのですが、先日飲み会で初めてゆっくり話したことで、打ち解けた感覚でてきました♪
最後の難関でした(笑)
(それ以外の方とは結構打ち解けて話せていた)
さっきもお客さんからかかってきた電話を繋いだときに、「いやです」っていう返答が返ってきたり(笑)
なかなか笑えますw

♪♪♪

もしかしたら、自分は「聞き上手」なのかもしれないと思う今日この頃。
そんなことを昨日Kちゃんに話したら、「今気がついたんやぁ」っていう反応がありました(^^;
いや、事実、最近になって「そうかも」って思ったのですが。
こちらが話を聞いてもらっているうちに、いつのまにか相手の話を聞いているときがあります。
それはそれで、うちとしては嬉しいので、いいのです(笑)
人の話を聴くのは、とても好き。
別に愚痴だろうが、文句だろうが、聞きます。
なにか役に立てるなら、それも嬉しい。

「聞く」

それだけで、実はその人の心が整理される役に立っていることもあるんだっていうのが、最近実感として多かったり。
「なんとかしたい」人なので、このあたりはいかしていきたいな。

怖いと思った。
一昨日の夜に仲間に対して思いっきりゲームをふっかけた。
ゲームをふっかけたというよりか、自分の「私は駄目だ」という脚本を証明するために、相手を利用したというほうがいいかも(^^;

自分でも「脚本の証明に使っているなぁ・・」と思いながらも止めない。でもって、「前にもやってるよなぁ・・・」と頭で考えながら、でも止めない(^^;

相手の一言で「自分の非を認めた」感覚と、「やってしまった!」っていう感覚が生まれる。
「非を認めた」っていう感覚のほうが強かったから、電話を切った後はすっきりしたけど、「やってしまった」という感覚から、次にその人と関わるのが怖いと思った。

昨日にその人と最初に会ったときの自分はぎこちなく感じた。
向こうは普通だったから、安心感は生まれたけど、どことなく不安。
これは、うちがよくやってきたことだ。
よくない交流をしたあとに、その人と関わるのが怖くなる。
あんまり顔を合わせたくないなと思う。
そうやって、自分の中で関わりにくさを創り上げて、その人を自分から切る。
自分の中での「相手に嫌われた」という想いが、これ以上かかわりたくないなっていう気持ちや恐れにつながっている。

摩擦を起こさないようにして生きてきたから、摩擦を起こした後の対応に慣れていない(^^;
てか、摩擦起こしたら「切る」っていう選択肢を選んできたからなぁ。

そのあたりの自覚はあがってきたし、それは自分のしたくないことだって思っているから、そういう意味では成長したかも。

帰りしな、その人に「昨日はありがとう、そしてごめん」と伝えたら、自分の中ですっきりした。
今日、顔を見たら、ここに書いたことを素直に伝えようと思う。




気がつけば。
もう年末なわけです。
時間が経つのが早いなと、最近とみに感じます。
ここ二年ぐらいが顕著かな。

半年前にあった出来事が一年ぐらい前のことに思えてしまう。
3ヶ月ぐらい前で、半年ぐらいの感覚(^^;

去年の今頃、今までの受講生という立場から、今度はアシスタントという新しい立場になることに緊張と不安を持っていた。
さらにボランティアチームのリーダーに初めてなるとか、一杯のチャンスが一度にやってきて、あわあわしていた。

今でもいくつものことをやるっていうのは変わっていないけど、それに対するストレス耐性もついてきたし、中身も少しは濃くなったと自分では思っている。

来年はどういう年になるだろう。
どういう年にしていこう。
ちとわくわく(笑)
忘れられていく。
今、山崎豊子さんの「二つの祖国」を読んでいる。

真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争。
そのときアメリカにいた日系二世の人達に焦点をあてた物語だ。太平洋戦争で、アメリカで、広島っていう言葉が出てくると、この先に待ち受けているであろう出来事が見えてくる。
こういうことで、主人公は葛藤し、苦しむかもしれないなぁ・・なんてことも、なんとなく見えてくる。

先日ニュースで、原爆が投下された日を性格に答えられない人が格段に増えているみたいなニュースを読んだ。

伝える人がいなかったら、伝わるものを伝わっていかないかもしれない。
いや、伝えても、目の前の人がそのことに関心をもたなかったら、伝わらないかもしれない。

そこが本質なのかも。

心の準備。
自分の中で、「他人が源」の時と、「自分が創り出す」の時に違いがはっきりとわかった一日。

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電車での一幕。
先日のこと。

朝、通勤ラッシュの時間帯に、電車に乗ろうとしていた。
すでにたくさんの人が乗ってはったのだけど、さらに乗る(^^;
新大阪駅は乗り継ぎの駅だから、降りる人も多い。
だから、電車の出入り口付近は混雑しやすい、そして、トラブルも起こりやすい(^^;

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読めません(^^;
上司から頼まれた仕事で、リストアップされている住所から所在地を地図で調べて、そこまでルートを簡単でいいから調べるというもの。
このリストアップされた量が結構あるのだ(^^;

でもって、調べてみたらえらい山奥で、車で行くしか無理っぽい所なんだけど、そこまでの道順もわかりにくいのとかもある。
それでも、地図とにらめっこしたり、色々とルート検索をしたりするのは、意外と楽しかったりする(笑)

で、地図はYAHOO地図情報を使っているんだけど、ここの住所検索はあいうえお順。
だから、まず住所が読めないことには話が始まらない(^^;
流石に、京都や滋賀の地名は読めるのだけど、他府県のになると、さっぱりわからないのがあったりする。
あるいは、そのまま読んだらよさそうな地名なのに、実はそのままでは読めない地名があったり。

南木曽と書いて「なぎきそ」、宍栗と書いて「しそう」などなど。
南木曽は「み行」と思い込んで探していて、見当たらず焦った典型的な例(^^;

あと、地名を見ていて「由来はなんだろう」って思う所もあったり。
こういう見方をすると、また再現なく広がっていきそうなので、止めておく(笑)

爆発。
昨日のとある出来事から、自分の中のACが爆発した。
でもそれらは、人に向けることなく、全て物と自分に向けた。
心の中で、自分を責めたてる変わりに、手短にあるものを自分の手で殴り続けた。
どこかに自制する自分がいるから、というより、それ以上感じることが、エスカレートすることが怖くて、その恐れから自分を止めようとする動きがあったからか、面白いことに隣への配慮で、壁と床は殴らなかった(笑)

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正しさの証明。
自戒をこめた日記。

よくカウンセラーさんが書かれているブログを読みにいく。
「なるほど~」って思うときもあれば、「???」って思うときもある。
そして、この「???」って時に、私の中にある「カウンセラーというのは、いつでもこうあるべきだ」みたいなのが働いていることが多い。
だから、私から見て「その言い方はひどいんじゃない?」とか、なんだか他人をバカにしてはるような言い方だったりするのを見ると、「カウンセラーなのに~~」ってなる(^^;
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「OOさんでお願いします」
社員さんから外線。
自分の所属する課の人は、今誰がいるかと聞かれたので、名前を読み上げる。

「じゃあ、Nさんでお願いします」

という返答が返ってきて、おもわず、「Nさん、ご指名です」なんてアホな台詞が浮かんできた私はおかしいでしょうか?w

いや・・なんかそんなノリっぽかったから(笑)
<受け答え

工具。
昼休みの社員さん同士の会話

「何探してるの?」
「いや 工具やねんけどな」
「工具?ガチャピン?」
「昨日の夜に使ってたんだけど、机にないねん」

ガチャピンですか!?
やつですか??
しかも机に乗るようなコンパクトサイズで、昨日の夜に使ってる???

うちの驚きも知らずに、二人は会話を続けてらっしゃいます(笑)

聞き間違い(あるいは、言い間違い)だとは思いますが、
思いっきり、某番組の某キャラを想像してしまうワタクシです・・・・(笑)
期待をキャンセルする。
この週末は久しぶりにヒーリングワークを受けてきました。
こういう書き方をすると怪しく聞こえるかもしれないが、そういう表現が妥当な講座(笑)

過去の出来事から来る痛みや傷は、今の自分の行動を縛っている可能性がある。そういった自分の深層心理にある「痛み」を、ワークを通して軽減することを目的としたものだ。
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感情に焦点をあてる。
先日NHKでいじめ対策に取り組む学校の特集をしていた。
その中で、とある一校の話に、うちは興味をもった。
その学校の指導教諭の方を筆頭に、ここの先生方は
「感情表現が少ない子ほど、聞き分けのいい子ほど、自分を表現できていないのでは?」という観点から、生徒を見てはるのだ。
指導教諭の先生は、毎朝校門に立って、挨拶をしながら生徒の表情を見てはる。
節目がちになる子、なんとなく昨日と表情が違う子などに注目しながら、挨拶をしてはるという。
そして、それらは記録として残っている。

また、その学校ではアンケートとって、ネガティブな感情や、困ったことが「特にない」と書いている生徒に注目をしていはる。
特に、全ての項目において「あまり感じない」という生徒に対しては、話を聴いたりなどの対応をしてはるらしい。

一年に一度か、一ヶ月に一度か忘れたけど、先生との面接を持ってはる。先生の問いかけを聞いていると、「なんかイライラしてるように見えるけど、どうかな?」と言った感じで、生徒に寄り添うようなもの。
この面接のなかで、今まで言えなかったいじめにあっていたことなどを話す生徒も多いとか。

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早生まれ・・というより。
早生まれの人は、同学年の子に比べて体力面や学力の面で微妙に不利な面があるそうだ。
それゆえ、「自分は運動ができない」や「勉強ができない」という劣等感を持つ子が多いかもしれないということだそうだ。

http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/061204/gkk061204000.htm

算出しているデーターを見ていると、比較対象は4月生まれの人と、3月生まれの人を比較している。
つまり、両者には一年の成長の差があるわけだ。
子供の『一年』っていうのは、結構大きいものがあるだろうなって、うちは思う。(そのあたりは、記事にも少しふれられている)
半年でも微妙な差となって生まれてくるかもしれない。
つまり「早生まれ」という1月から3月で括ってしまえるものでもないだろうって感じなのです。

現行の区切り方では、「1月から3月」の人が一番その影響を受けているのかもしれないが、どういう区切り方をするにしろ約一年の差と言うのは生まれてくるわけで、根本としては「子供達に『自分はできないのだ』という意識を極力持たせないようにする」っていう関わり方なのかなって、うちは感じる。難しいかもしれないけど(^^;





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「犠牲」
今、柳田邦夫さんの「犠牲」という本を読んでいる。
(無事、「不毛地帯」は読み終えました)
息子さんが脳死されたこと。そこに至るまでの経緯。
息子さんの葛藤、生き方などを通して、ご自身が感じられていることなどを書かれている本。

そんなに分厚くない本だ。
ただ、息子さんの考え方なんかが、昔の自分の考え方とかぶる所があって、文章から言外の言葉を読み取ろうとして、どうしても読み進めるのが遅くなってしまう(^^;

「自分は誰にも必要とされていない」「自分は誰にも理解されない(されるわけがない)」「誰かを責めるよりも、自分を責めたほうがまし」

淡々とした文章の中から、仲間入りしたい、人に必要とされたい、理解されたい、役に立ちたいという想いが伝わってくる。
どうしたらいいかわからずに、「いい人」をやることで、自分を押さえつけて、その反動に苦しむ。

私は・・・感じないことで自分の身を守ってきた。
考えないようにもしてきた。
息子さんは、感じて生きてはった気がする。
本や映画や音楽から、たくさんのことを感じてはった感じ。
感受性が強いが故の葛藤なのかな。
まだ、半分しか読んでないから、どうとも言いがたいけど、今はそんな感じがする。

そして、もしかしたら、うち自身も紙一重だったのかもしれないと、今更ながらに感じた。
そして、その当時、関わってくれた人達に感謝した。
大げさな言い方かもしれないが、何が一つ「違う」ことがあったら、うちは「今ここ」にいなかったのかもしれない。

<追記>
読み進めていくと、面白い記述にぶつかった。
柳田さんが書かれたエッセイで、「動物行動学の見地から人間の行動を見ると、それらは、DNAの欲求に答えている結果と説明できる」という説と、脳死と絡めて書かれているのがあるらしい。
で、そのことを息子さんと話していた時に、息子さんが「てことは、脳死だけでなくて、『遺伝子死』っていうのが出てくるかもしれないね」という話になったそうな。
そのあと、二人でもしそういうのが出現したとして、どういうストーリーが考えられるかを話して、そのことを書かれていた。
なるほどなぁ・・・。
柳田さんが紹介されていた「人間の行動はDNAの欲求に従っている」という説も面白いけど、仮に「遺伝子死」という考え方も面白い。